オープンソースコミュニティにおけるオープンとは

経験的なこととしてなにをもってオープンかということなんですが、どんなことでも最初のリリースは少ない人数から始まるんですよね。
実現できるかとか、意味があるかとか、そういう結論もないまま、モチベーションがある人だけでスタートするので、そういう意味ではいま問題になっている某行動規範が少ない人数できめられたことは問題だとは思わないし、少ない人数で最初のリリースをしたことでオープンじゃないというのはそれは違うと思います。

最初のリリースが少ない人数で行われた事自体は問題ではないんです。忙しいときにモチベーションの高い人たちがやってくれたと理解するべきです。それに対して少ない人数で決めた事自体を問題にしては今後何もできなくなります。実際僕がホスティング会社等とやっていることはすべてとても少ない人数で行われています。まったく関係ない人はほとんどいないのにもかかわらずです。でもこれを最初から大勢でディスカッションさせろと言われてしまえば、何も実現できなかったことを確信しています。

一方で大勢でどれだけ時間をかけてディスカッションしても最後のクロージングはかならず一人の人がやるわけです。多くの場合声が大きい人がそれをやるわけで、その過程のいろいろな意見のほとんどはそこで無かったことになります。

さいわい、僕たちオープンソースコミュニティの人間は、その問題を「早めにリリース、しょっちゅうリリース」というワークフローで解決するという答えを見つけていまして、WordPress本体だってリリースごとにリード開発者がメディアの人だったり、インフラ企業の人だったり、制作会社さんだったりすることで多様性を確保してオープンであろうと努力していて、それによって些細な問題はあれどオープンソースっぽく振る舞うことができているわけです。

そしてコマメにリリースというワークフローが、バグを発生させた人を攻撃することよりも、バグを直した人を褒める文化を生み出しました。

オープンソースプロジェクトのコミッターたちはプルリクエストを送ってもらうためにそりゃーもういろいろな努力をしていますし、GitHub上での僕は気持ち悪いぐらい絵文字を駆使するわけです。

つまりなにがいいたいかというと、いつでも簡単にアップデートするよという空気がオープンであるということだと僕は信じていて、大勢の人がアップデートしたがっているのにそれができないとか、アップデートしようとしているときに特定の個人の意見で簡単にストップしてしまうとか、そういうのがオープンじゃないように見えるんだと思うんですよね。

機会が増えれば関われる人が増えますよね。今は通らないその意見も次の機会では周りの考えも変わってくるかもしれません。次があると思えばそう考えられますよね。

この感覚はぜひWordPressコミュニティのみなさんと共有したいと思っていて、もしこれが共有できないでディスカッションを延々と繰り返すと、部屋とかメンバーが変わるだけで結局クローズだったということになるんじゃないですかね。

GitHub信者というわけではありませんが、Issueとかプルリクエストなどの仕組みは、ソリューションでこういうワークフローを実現してくれるということで、オープンソースコミュニティから受け入れられているんじゃないかなと思っています。

そしてディスカッションとアップデートのコストを下げることができるソリューションがあれば別にGitHubじゃなくてもなんでもいいのです。

実は僕はあまりこういうエモい話を書くのは好きじゃないんですが、最近いろいろやる中でどうも日本のWordPressコミュニティと感覚的に共有できないんだけどなぜだろうということで書いてみました。